みちょぱこと池田美優さんといえば、モデルとしてだけでなく、バラエティ番組にも引っ張りだこの人気タレントさんですが、その母親であるみちょぱママも超美人と話題になっています。
ギャル風メイクで一躍着目を浴び、可愛らしいルックスだけでなく、抜群のスタイルの良さも池田美優さんの魅力ですが、みちょぱのママさんの若い頃もみちょぱさんを凌ぐ可愛さで、元ホステスだったとの噂もあります。
今回は、そんな話題沸騰中のみちょぱさんのママについて、まとめてまいります!
みちょぱの母親・池田京子の若い頃が美人すぎる!
みちょぱの母親のプロフィール
- 名前:池田京子
- 愛称:みちょママ
- 生年月日:1971年3月6日
- 年齢:50歳
- 職業:整形外科での看護助手
現在50歳になるみちょぱママですが、非常に綺麗な方ですよね!
たまにバラエティ番組などでみちょぱさんと一緒に出演していますが、
実際のお仕事は整形外科での看護助手をしているのではないかと巷で言われているそうです。
そんなみちょぱママの池田京子さんの若い頃の写真があったのですが、めちゃくちゃ可愛い!と話題になっていました。
当時19歳だったみちょぱママのお写真とのことですが、かなり美人ですよね!
こうしてみると、目のあたりや鼻の感じとか、どことなくみちょぱさんの雰囲気に似ていますね!
みちょぱの母親がフィリピン系ハーフの噂は嘘?
みちょぱさんや母親の池田恭子さんの顔つきってどことなくハーフな感じがしますよね。
因みにネット上で「池田美優 母親」と検索すると、「フィリピン」や「ハーフ」などのキーワードがよく出てくるんですよね。
このため、みちょぱママはフィリピン系のハーフなのではないかという噂がネット上で拡散していました。
みちょぱの美人母ってあれ?フィリピン人のピンクの角刈りじゃなかったっけ?ってそれゆきぽよか。どっちがどっちかわからなくなる。にんにく食べる方はみちょぱ?どっちでもいいわ!
— 微熱おび子 (@binetsuobiko) June 15, 2020
SNSなどでも同様の悩みを抱えている人がたくさんいましたが、調べてみたところ、池田美優さんと母親である池田京子さんは、フィリピン系のハーフではなく、純粋な日本人とのことでした。
ルックスが少しフィリピン人の母を持つゆきぽよさんにそっくりだったので、その影響でみちょぱママもフィリピン系の血筋が入っているのではないかと思われてしまったようですね。
みちょぱママ・池田京子の仕事は元ホステスだった?
今や仲良し家族として、みちょぱさんとお二人でTVに出演することも増えましたが、実はみちょぱさんが小さい頃に夫と2回も離婚を経験されていたんだそうです。
みちょぱママには池田美優さんと兄の2人の子供がいるのですが、その子育てを1人で奮闘されていました。
時には借金をした時もあったりして、その分のお金を稼ぐために六本木のクラブでホステスとして勤務していた時期もあったんだそうです。
あまりの綺麗さだったのか、この時たまたま入店していたJリーガーの武田信宏さんに口説かれた経験もあるんだそうです!
この時期のみちょぱママは昼間は飲食店で働き、夜は六本木のクラブでホステスとして働くという超ハードな生活をしていました。家族を養うためとは、物凄くバイタリティのある方ですよね。
みちょぱの母親はバツ2のシングルマザー
みちょぱの母親である池田京子さんですが、みちょぱが5歳の時に離婚されていました。
その後昼は飲食店、夜はクラブでホステスとし働くという過酷な労働をしていましたが、中々にハードな生活だったのか、元夫とよりを戻し再婚することに。
しかしその後、夫の浮気症が原因で再び離婚となり、みちょぱママはシングルマザーとして家族を支えていくことになりました。
あたし産まれたのは静岡の浜松だけどほぼ東京育ちで長いから地元って言ってるのはこっちの赤羽のことですすす〜成人式も東京ですぞ〜でも浜松のことももちろん忘れてません!ちなみにこっちでも北区だし浜松でも北区卍
— みちょぱ(池田美優) (@michopaaaaa) January 14, 2019
みちょぱさんは過去のSNS投稿で生まれは静岡県と言っていたので、もしかしたら元夫は静岡県浜松にお住まいの方なのかもしれませんね。
みちょぱの反抗期は殴り合い?
みちょぱさんといえば、番組で共演するだけでなく、お母さんとインスタグラムで一緒に映る姿を投稿したりと、とても仲が良いイメージですよね。
シングルマザーという特殊な家庭環境で育ったみちょぱさんの反抗期は相当過激なものだったそうで、小学生からギャルに強い憧れを抱いていたみちょぱさんは、メイクが派手だったことを学校に注意されてしまい、中学生時代には不登校気味になってしまいました。
「学校の校則ってものに縛られるのも嫌で。団体行動もだんだん苦手になってきちゃって」と理由を語った。
また学校をサボったことが母親にバレないように「学校の制服を着て、荒川の土手でスクールバックを枕代わりに、空見上げながら昼寝してた」と話すと、その姿を想像した黒柳は「寅さんみたい」と笑っていた。
それがきっかけで母親ともよく衝突して殴り合いの激しい喧嘩をするほどだったんだそうです。
その事についてみちょぱママは、「複数の仕事を掛け持ちすることよりも、「みちょぱの反抗期」と向き合うことの方が大変だった」と語っていました。
反抗期は誰しもが通る道だと思いますが、これだけ大変な経験をしているからこそ、親子としての絆も深いのでしょうね。
そんな娘さんが、今や過酷な芸能界で活躍の幅を広げているわけですから、きっと母親としては感慨深い気持ちなのではないでしょうか。
これからもみちょぱさんの活躍に目が離せないですね。